「撥水スプレー」で滲みを抑えた痛絵馬を描こう!
ちょっと長いです。
とりあえず、御託は良いから描き方だけ知りたいんですけど…という人への要約版はこちら。
痛絵馬ノススメ
アニメの聖地巡礼が盛んな昨今ですが、各地の神社仏閣にキャラクターの絵馬を描いて奉納する「痛絵馬」も珍しい物ではなくなりました。
takhinoも絵描きの端くれ、やっぱり好きなアニメの舞台に行ったからには、痛絵馬の一つや二つ残し手みたいなあ…と思い、ちょくちょく描くようになりました。ところが、これが思ったより難しい。
[かみちゅ! | さくらマイネーム | 御袖天満宮 2013.5.5 奉納]
その主な原因は、キャンバスが紙ではなく木であること。
木目に鉛筆が引っかかるし、筆圧で木が彫れてしまうし、そのうえ油性ペンでなぞると物凄く滲む!
この滲みが本当にやっかいで、おかげで油性ペンの極細はほとんど使い物になりません。もちろん線が滲んでいるからといって作品への愛が変わるわけではないのですが、どうせ描くなら好きなキャラクターは綺麗に描いてあげたいのが絵師心というもの。
何とか方法はないのでしょうか…いや、必ずあるはず!
各地で見た痛絵馬の中には、線が全く滲んでいない絵馬がいくつもあったのです。調べていくうちに分かったのが「撥水スプレー(防水スプレー)を使う」という方法でした。
先人の知恵「撥水スプレー」
絵馬って、マジックで書くと木目で滲むんですよ…。だけど、まさか「撥水スプレー」で痛絵馬を描くときの滲みをここまで抑制できるとは…!先人の知恵すげえ…! pic.twitter.com/d4jPFnmxRe
— takhino@雀 (@takhino) 2014, 10月 5
こんなツイートをしたところ、やたらと人気になり、あちこちのサイトで取り上げられました。でもこのツイートでも書かれているとおり、これはtakhinoが考えたわけではなく、先人の知恵なのです。
絵馬に撥水スプレーという一見すると全く接点の無いこの組み合わせ。どうやら最初に編み出したのは、聖地巡礼という文化を広く世に知らしめ、後発のモデルケースとなった『らき☆すた』の聖地、鷲宮神社で絵馬を描いていた絵師たちだったようです。
絵馬の木材表面に空いた無数の微細な穴にインクが染みこむことで線が滲むのを防ぐため、あらかじめ撥水加工を施す、という手法を現在の聖地巡礼の基礎を創った鷲宮神社の絵師が開発していたのですから、驚くほかありません。どんだけ最先端だったんだ鷲宮…。*1*2
彼らの絵馬制作の手法は、かつては鷲宮SNSと呼ばれるサイト等で紹介されていたようなのですが、残念ながら現在それらのWebサイトや記録はデータが欠損するなどして失われており*3、情報は断片的にしか残っていません。
この記事は、サルベージした情報を統合し、実際に痛絵馬を制作しつつ、内容をもう少し掘り下げるのが目的です。
防水(撥水)スプレーには2種類ある
スプレーで加工をするにも種類を間違えると上手く行きません。
シリコン系
表面にシリコンによる膜を作って、水が通り抜けることができないようにするタイプ。薄いビニールで覆うイメージ。
強靱な防水効果が得られるものの、服等に使用すると、空気や水蒸気も通さないため通気性は無くなり、蒸れるという欠点がある。傘など、通気性が必要ない物に使われている。
「水をはじくが、油ははじかない」性質のため、絵馬の制作には適さない。
フッ素系
表面を水をはじく粒子で覆う。つまり正確には防水ではなく撥水なのだが、用途が同じなので防水スプレーという商品名のことが多い。細かな毛が生えたハスの葉が水をはじくイメージ。
隙間があるので通気性があり、水ははじくが空気や水蒸気は通すため、蒸れない。現在、靴屋さん等で取り扱われているのは、主にこちらのタイプ。
ただし、強く擦るとすぐに剥げ落ちてしまうのが欠点。
「水も油もはじく」性質のため、絵馬の制作にはこちらが適している。
痛絵馬メイキング
ヤマノススメの絵馬を描いてみました。今回はモノクロで描きます。
使用画材
絵馬
ヤマノススメに登場する観音寺の絵馬。素材としては一般的なものと特に変わりありません。
他の聖地と違って、ひだまり山荘等の近隣の一般店舗でも購入可能なため、入手性が高いのがありがたい。
鉛筆
下書き用途に使用する鉛筆。今回は三菱ハイユニ(4B)。
絵馬に使用する場合、芯が硬いと木を彫って溝を作ってしまうため、柔らかい芯の方が良い。
自分は2Bと4Bを使い比べて、4Bの方が書きやすかった。
練り消し
鉛筆の粉が木目に入り込んでしまうので、普通の消しゴムより綺麗に消しやすい。今回使用するのはサクラクレパスのデッサン用ねり消しゴム。
普通の消しゴムの方が消しやすい場面もあるため、使い分けするとよい。
油性ペン
絵馬や撥水スプレーとの相性もあるだろうが、今回はPILOTのTwin Marker。
何度も塗り重ねたときにZEBRAのマッキーより綺麗に発色したので、こちらを採用。ただしマッキーの方が定着力が高いので、普段は並行してマッキーも良く使っています。種類を探究しがいがありそうなポイントです。
(2)撥水加工をして滲みを防止する
撥水スプレーを吹きかけます。この手のスプレーは「びしょびしょになる程度まで吹き付ける」のが基本。布と違ってスプレー液が流れ落ちてしまうので、立てかけるより平置きで作業した方が効果的です。火気厳禁、屋外で行いましょう。
紐は一端取ってしまいました。側面もスプレーしておくと、キワで滲みにくいです。
(3)ペン入れ
今回はモノクロ1色なので、切り絵調にしてみました。下手にグラデーション付けるよりも、切り絵や版画、焼き印のように黒が映える絵にした方が締まって見えるかな、という意図です。とは言えこの辺りは画風なので人次第、気分次第。
もし線を消したいときは、一応、カッターや紙やすりで削れます。
(4)消しゴムをかける
消しゴムをかけて、できあがり。
注意しなくてはいけないのは、消しゴムで擦ると表面の撥水コーティングが剥がれ落ちてしまうという点。消しゴムをかけたあとで再度油性ペンで描く場合は、先に撥水スプレーを吹き直さないと滲みます。
[ヤマノススメ | TwinMarker | 観音寺 2014.10.5 奉納]滲んだ例。文字の「谷川岳」の部分はコーティングがあるのですが…
その下の「登れますように」「富士山にも」の部分はコーティングが剥がれたまま書いたので、文字が滲んでいます。
これは逆手にとると、一度スプレーで撥水加工を行ったあとでも、消しゴムで擦ってコーティングを剥がしてしまえば、水性の画材で着色することができるということでもあります。コーティングを剥がすことが目的の場合は、練り消しより普通の消しゴムの方が楽です。
薄いかなと思って二度塗りしてみたのですが、ちょっと塗りむらが出てしまいました。
周りを黒枠にしたのはフレーム効果ねらい。ぱっと見のインパクトに欠けるモノクロの絵馬では、なかなか有効な構図のように思います。
(5)仕上げに撥水加工をし直す
絵馬は基本屋外で風雨にさらされるもの。
完成したら、奉納する前にもう一度スプレーをかけて撥水加工を行うと、絵馬が長持ちします。
[ヤマノススメ | TwinMarker | 観音寺 2014.11.12 奉納]
あとがき
こんな感じで、絵馬を描いています。スプレーだけで滲みがなくなって、シャープに書くことができるようになります。
細い線が引けるとイラスト描写の選択肢が増えますし、線に滲みがないだけで見た目もぐっと良くなります。小さな文字が書きやすくなるのもメリットです。
絵馬を書かない人も、布に油性ペンで文字を書くときの撥水スプレーによる滲み防止術は普段の生活で使える技です。ぜひ使ってみてください。
なお、今回はモノクロ絵馬でしたが、
彩色する場合どんな画材が向いているかはh071019さんの下の記事が詳しいです。
彩色したカラー絵馬はとても映えるのですが、画材の選択が難しそう…いつか手を出してみたいです。
*1:ちなみに撥水スプレーで油性ペンの滲みを防ぐというアイデア、もっと以前に無かったのか調べたところ、「体操服やゼッケンなどに名前を書くとき滲みを防ぐ方法」として存在していたようです。主婦の知恵ですね。ここから着想を得たのかなと推測。
*2:現代の痛絵馬に限らず、古来から絵馬の滲みについては人々の悩みの種だったようで、「墨にわずかに糊を溶くと滲まない」なんて方法もあったようです。
*3:「かつて栄華を誇った超古代文明『ワシノミヤ』が残した謎の超技術」、痛絵馬界のロストテクノロジー!………すみません言いたかっただけです。
*4:下絵の工程で絵馬が汚れるのを防ぐため、トレーシングペーパーに下絵を描いて転写している人もいるようです。他にも、木目による凹凸を無くすため1000番台のやすりがけを行う人もいるとか…。痛絵馬の世界、奥が深すぎる…。